科学が『ものがたり』になるまで
「羊毛のパレット」とAIのおはなし
フォローやコメント、購読で繋がってくださった方、
読んでみよう、と記事を開いてみてくださった方、
いつもありがとうございます😊
羊毛のパレットです🐏
わたしが、noteで書いている「科学のものがたり」。
子どもたちの「なんで?」に答えたり、科学のイメージを伝えたり。
わたしにとって、このものがたりは、子どもたちが科学に興味をもつ可能性を上げる方法のひとつです。
でも、たぶんAIがなかったら「科学をものがたりとして公開する」という挑戦はしていなかったと思います。
そこで、今回は、いつもどんなふうにAIに力を貸してもらっているのかを少し書いてみようと思います。
例えば、最近書いたホッカイロの記事。
テーマ自体は、それほど調べにくいものではありません。
メーカーや教材サイトにも分かりやすい解説があり、「鉄が酸素と反応して熱が出る」という全体像は比較的すぐに見つかります。
そして、その反応自体もわたしの元の知識で補えるものでした。
おそらく、時間をかければ同じ結論にはたどり着いていたとは思います。
ただ、わたしの記事の場合、大変なのはここから。
科学の説明って、書いてある言葉を「理解」するのは比較的簡単なんだと思います。
でも、それを「伝えよう」とした時、急に難しくなるのです。
専門用語を、子どもにも伝わる言葉へ変えるということは、
解像度が高い言葉を、抽象度の高い言葉に置き換えるということ。
時間をかければ、一つの専門用語を何文も使って説明することはできます。
でも、わたしの記事では、物語の流れを止めずに、一言や二言で伝えたい。
限られた言葉の中で、意味をできるだけ残しながら、誤解も減らす。
そのためには、
どこまで崩していいのか
誤解を生まないか
ということを何度も考える必要があります。
そんなとき、AIと対話することは、自分一人では気づきにくい誤解や曖昧さを減らすことにつながります。
例えば、こんなやり取りを何十回もしています。
「くっつく」は誤解される?
「手をつなぐ」は(電子をふたつが同じように共有する)共有結合のイメージ。(電子のいる場所が偏る)イオン結合には合わない気がする?
「進みやすくなる」は何を指している?
「水が必要」と「水が多い方が速い」は別では?
AIは、その文章を読んで別の解釈を示してくれるのです。
だから、「伝えたつもり」を減らすことができます。
その指摘がいつも正しいわけではありません。
実際に今回も、AIの説明を修正した場面が何度もありました。
AIの表現、そして、わたしの表現。
どちらも間違うこともあるし、誤解を生みやすい表現になってしまうこともあります。
でも、文献の言い回しや大学の研究紹介なども参考にしながらそれを何度も繰り返して行った時、少なくともはじめよりはましな表現が出来る気がしています。
もちろん、それでもまだ足りないこともあります。
公開した記事を読んでコメントをいただいた読者の視点から、再度記事の修正を行うこともありました。
それでも、「読者にはこう読めるかもしれない」という視点を何度でも返してくれる存在は、とても心強いと感じています。
https://note.com/vast_yeti7062/n/nf4cc70e128e0
一方で、AIはこの「言葉の選び方」以外の部分の時間を短縮してくれる存在でもあります。
玉ねぎの記事ではAIは違う役割も担っていました。
涙が出る仕組みを調べ始めたときは、全体像はざっくりとは知っていても、専門的な部分は、
「どんな専門用語で検索すればいいんだろう。」
というところからのスタートでした。
AIとの対話で酵素や化学物質の名前を知ることで、その後の論文や専門資料までたどり着きやすくなります。
わからないところ、知らないところ。
そんな部分をAIに解説してもらい、自分で参照先のリンクを読んだり専門資料などを読んだりして裏付けを取って、自分の知っている領域まで降りてくる。
そんな使い方もしています。
https://note.com/vast_yeti7062/n/n2830afc45460
科学を「ものがたり」という形で投稿する上で、AIには多くのことを助けてもらっています。
そして、AIを使うことで、
限られた時間の中で、より正確で、より伝わる形に近づけることができる。
一緒に考え、
一緒に推敲し、
必要なら反論し、
最後は自分で調べて確かめる。
そうやって、
自分の中にある感覚的なイメージや専門的な知識を、誰かに届く言葉へ変換する補助をAIにしてもらうこと
で、今もなんとか「出してもいいかもしれない」そんな記事を作り続けています。
と、ここまで書いて思ったのですが、
もしかしたらAIがこんなにも活躍しているのは、わたしの性格も関係しているのかもしれません。
もともとわたしは不特定多数の人が見る場所で自分の考えを発信すること自体があまり得意ではありません。
というより、「読むだけ」も含めてSNSのような場所はそもそも苦手だったのです。
それは、たぶん、文脈や関係性がない場でのコミュニケーションが、わたしにとってはとても慎重になることだから。
そんなわたしにとって、発信やコメントは
「前提を共有しない“まだ出会って間もない人たち”に向けた、わたしからの短いお手紙」
のようなもの。
だから、AIとの対話は「答えを出してもらう」ためではなく、「どう読まれるか」を考えるための時間でもあります。
AIは、科学を「ものがたり」として届けるために、一緒に考え、一緒に言葉を磨く相手。
そんなふうに、相手にどう届くかを考える工程を大切にしながら、AIと一緒に、少しでも誤解の少ない表現を探していきたいと思っています🐏




